6月22日までリンカーンセンターで期間限定上演をしているミュージカル「フロイド・コリンズ」を観劇。
土曜ソワレだったのですが学生rushで32ドルでチケットを買うことができました。ラッキー👏
「フロイド・コリンズ」は1920年代にアメリカのケンタッキー州で起こった実際の事件をもとにしたミュージカルで、フォークやヨーデル、ミュージカルシアター、オペラと色々なジャンルの歌い方が凝縮されているスコアが特徴的でした。
ケンタッキー州にあるサンド・ケイブを拡張すべく洞窟を探検していたフロイド・コリンズは洞窟の崩落によってその場で身動きが取れなくなってしまう。無事地上に彼が助けを必要としていることが伝わり救助作業が始まるもののなかなか上手くいかず、衰弱していくフロイド本人、自らも危険を犯し洞窟に入って兄の救助を試みるフロイドの弟ホーマー、最初は「洞窟から出られなくなった男」を取材しにきただけであったものの身体の小ささを活かして救助活動に加わるようになりいつしかフロイドと特別な絆で結ばれるようになった新米記者ミラー、鉱山技師としての技術が見込まれて救出現場の監督に任命されたカーマイケル、フロイドの心の拠り所である妹ネリーなど、実に18日間にも及ぶ救助活動の中での各々の精神、肉体的な消耗、フロイドの命を救おうと必死だからこその衝突、極限状態で生まれた絆等を描いた物語です。
1994年にオフブロードウェイで初演された作品の「再演」ということになっているらしいのですが(トニー賞でもリバイバル作品カテゴリに入っていた)今回がブロードウェイ初演のはずなのにな…?と個人的には疑問です。
主人公フロイドコリンズを演じたのはみんな大好きJeremy Jordan。今年のトニー賞主演男優賞にもノミネートされてました。おめでたいですね。
The Great Gatsbyでのギャツビー役千穐楽公演を見てから半年も経たずに別のブロードウェイ作品で主演、しかも全く毛色の違う役(どちらも1920年代の設定ではあったけれど)だったので「鉄人だなぁ。ちゃんと寝てるのかしら」と余計な心配をしていました。
今回強く感じたのは「Jeremyって舞台上で他の人との関係を構築するのが上手いな」ということ。 特に弟であるホーマーと赤の他人なのに命懸けで救助活動にあたり、フロイドの物語を伝える声となった記者のミラーとの信頼関係や友情、愛情の表現が見事で、だからこそそんな他人を愛し愛されるフロイドの命が燃え尽きようとしている現実や、それが周囲に与える影響の大きさが窺い知れてフロイドが屈託なく2人と笑うほどに悲劇感が増していったのが印象的でした。
歌に関してはうますぎてもう逆に言うことがないです。Jeremyが歌上手いのなんて「ジョナグロの口の水分量ハンパじゃない」レベルでの周知の事実なので。特筆すべきことといえばヨーデルで少しの隙間もなく完璧に、流れるように繋がっている広い音域が遺憾なく発揮されていたこと、それから広がる地下空間を演出するためにループマシーン(ミセスダウトで使われていたものと同じような物と予想)のようなものが使われていたことですかね。ただループマシーンは自分自身のハモリや掛け合いができるのでもっと使いようがあった気がします。
Jeremy自身は地下にいるのに青空を連想させるような伸びのある透き通った歌声がとっても素敵でした。
キャストさんの中で他に印象に残ったのは記者Miller役のTaylerとHomer役のJason。Taylerのパフォーマンスを観るのはCamelotに続き2回目。この役でトニー賞にもノミネートされていましたが、世間知らずでちょっぴりおとぼけなキャラクターで作品のコミカルな部分を担ったかと思った次の瞬間この世の地獄を見たような目でフロイドの窮状を訴える演じ分けも見事で、たった数分で極限の精神状態にまで持っていき、さらにそれがまた「迫真の演技」というか本当に舞台上で過呼吸でも起こすんじゃないかと心配になったほどのリアルさ。流石元エヴァンハンセンです。フロイドとは崩落事件を通して知り合ったものの、2人の間に特別な絆が芽生えていく様子にも説得力があり、なぜ彼が赤の他人を助けるために自分の命をかけた理由がストンと胸に落ちてきました。欲を言うならもうちょっと歌って欲しかったですね。
そして今回初めましてのJasonさん。声質的にも舞台上での見た目的にも違和感なくJeremyの弟に見えました。Homerは個人的には「気持ちはわかるが理想だけを掲げて他人を糾弾する」視野の狭さになんとなく反発を覚えたのですが、Jasonさんはどこまでも広がっていく伸びやかな歌声に一途で情熱的で妙に大人びているところと子供らしさの入り混じったまさに「弟らしい」演技が素晴らしかったです。
作品自体に関してもいくつか。まず舞台がケンタッキー州ということもあり南部訛りがかなりきつい、なおかつ地下空間を表現するためにエコーが多用されているため英語が第二言語の私が聞き取れたのは全体の半分くらいだったのではないでしょうか。物語は追えるもののキャラクターの内面を深掘りするのは難しかったためどこか客観的な、日常から抜けきれない立ち位置での観劇となりました。(私の英語力の問題ですが)
演出に関して気になったのは空っぽの空間というか余白の多さ。ケンタッキーの土地の広大さと「なんもねぇ!」感は伝わってきたものの、せっかく舞台が凸のような特殊な形をしているリンカーンセンターを使っているのだからその特徴を活かした演出が見たかったのに残念だな、というところです。洞窟の表現に関しては序盤の照明と競り上がりの板を用いた表現は面白かったのですが、その後は役者さんの演技力頼り、といった印象。それだけの実力がキャスト陣にあったもののフロイドが終始座っていた椅子(洞窟の崩落によって身動きの取れない表現)が「ビーチチェア」と呼ばれている感想を散見して「うん、確かにあれはビーチチェアだったよな」と笑ってしまったのも事実です。シルエットでのタブローは趣があってとても好きでした。
それから私的に消化不良だったのはフロイドの妹Nellieの存在。この日は代役のKristenさんが演じてらしたのですが舌ったらずのようなモゴモゴとした喋り方とこもった声が私の好みとは違ったな、という感じです。Nellieがフロイドの心の支えであるような描写がところどころあったのですがそこまでの結びつきが2人の間に見えず、Nellieもふしぎちゃんキャラというか、兄の事故に関しても我関せずと言ったようにフラフラしていた次の瞬間急に取り乱したりと、私の英語の理解が追いついていないことも大きかったと思うのですがいまいちキャラクター像が掴みにくかったです。いっそカーマイケルさんの葛藤に焦点を当ててくれた方が良かったのに、とも思ったり。(完全に好みですが。)そう、そしてこのカーマイケルさんも消化不良だったのです!演じてらしたSeanさんも素晴らしかったし「フロイドの安全をとるためにスピード解決ではなく、慎重な救助と計画を取り、家族や世間から批判を浴びたものの最後まで諦めずに救助に尽力した」というかなりパワフルなストーリーの持ち主なのですが、作中ではあまり触れられず、さもすれば彼が作品におけるヴィランのような位置付けだったような気も…せっかくのおいしくてかっこいいキャラクターなのになぁと私はモヤモヤしました。
今週末で閉まってしまうフロイド・コリンズですが(予想通り)一回では消化しきれない部分の沢山あった作品だったのでもう一度見に行ければな、と思います。そしてこの文章は何日間かにわけて書いていたのですが(集中力が続かないため)安定の鳥頭によりキャラクター名が英語表記になったり日本語表記になったり一貫してなくて申し訳ないです。気がついたけどめんどくさくて治さなかったこと含めお詫び申し上げます。